こんにちは!may(メイ)です。(Instagram めぇ先生アカウントからお越しの方、同一人物です。いつもありがとうございます😊)

この度、10年続けた教員を退職しました。
ネガティブな気持ちばかりではなく、前向きな気持ちで退職しました。今しか書けない思いを、今書き留めておこうと思います。
自分自身の「思い」や「考え」がメインの記事にはなりますが、私にとって大切な1ページです。こんな考え方、生き方もあるんだなーと興味本位で構いませんので、是非最後まで読んでいただければ嬉しいです。
私の経歴
退職理由を語る前に、簡単に私の経歴を書きます。
教員になるまでに、回り道と時間とお金が必要でした。
中学の時に英語に出会って、英語が大好きになりました。
勉強も運動も頑張る子でした。「たくさん勉強して良い大学に」行きました。
大学時代は、15か国程旅をしました。
思えば、就職活動をした時の自己分析が足りていませんでした。
医療系の企業で営業職を3年半しましたが、教員を志して退職しました。
「良い大学」では、免許を取らなかったので、お金を払って大学に入りなおしました。もちろん実習も行きました。
免許はないけど、雇ってくれる学校があったので、同時に講師も経験しました。
採用試験を無事通過し、憧れの教員になりました。
教員生活は、大変だったけど、間違いなく幸せで、自分に向いている仕事だったと思います。
途中、かわいい子どもを2人産みました。
退職し、現在に至ります。
なぜ教員を辞めたか
このまま人生を終えられない、と思った
正直、「辞めたいな」というよりは、「辞めなければ」という焦燥感に促されました。
教員でいれば、毎月の給料も夏休みも冬休みも世間からの信頼も、保証されているけれど。
教員として、得るべきことを得た後で、安定のために働き続けるという選択肢はありませんでした。
「よし、教員としての経験は積んだ。次、何をする?」という感覚で。

もともと、自由を好み、世界中いろんな場所に行くのが好きでした。
今は、世界を飛び回る訳にはいかないけど、長い時間1つの場所や集団にいることで得る安心よりは、新しいことを始めたい、という好奇心が勝ちました。
長い人生の中で、年齢的にも「今リスクをとって何かしなければ、何も得られない」ということが分かっていたので、前に進もうと決めた、という感じです。
やっぱり、大変だった
子育てしながら、フルタイムで教員をしていました。最後の年は、担任として中学3年生を送り出しました。
6時に起きて、7時には子どもを夫に任せて家を出て、17時までなりふり構わず仕事して、保育園に言ってご飯を作って寝て・・・また起きて・・・
辞めた今となっては、人間1人の仕事量とは到底思えない量の仕事と家事をこなしていたな、と思います。

スティーブジョブズは、毎朝、鏡を見て「もし今日が人生最後の日だとしても、今からやろうとしていることをするだろうか」と尋ねていたそうです。その答えが数日続けて「No」だったら、その時は何かを変えなくてはいけない、と。
なるほど、私にとって、教員生活は望んだ生活だったけれど、教員の仕事が充実すればする程、自分自身や子どもの生活にしわ寄せがいく、その葛藤に苦しみ、最終的には耐えられなくなった。その生活を変えたいと思った。というのが正直なところです。
夫、転勤になった
夫は、全国転勤の仕事です。運よく長い期間、転勤なく過ごしてきましたが、遂に転勤。

頼れる人も近くにいないので、私1人で、子育てとフルタイムの仕事を両立することは難しいと判断しました。
このことは、退職の最終的な後押しにはなりましたが、1番の理由ではありません。あくまでも、自分の気持ち、自分の生活と向き合って考えた結果です。
今後について
今後については、正直まだ未定な部分が多いです。
どんな形であれ「英語教育に関わっていきたい」という気持ちは変わらないと思います。

とりあえず、第一歩としてブログを始めてみましたが、1つのことではなく、色々なことをやってみたいな~とぼんやり考えている段階です。
とはいえ、生きてくためにお金も必要ですし、子どもの保育園を継続したいので、少しゆっくりしたら収入源もきちんと確保するつもりです。また、進展があったらお伝えしますね。
最後までお読みいただきありがとうございました。ブログの本筋とは違う、自分語りになってしまいましたが、これを書かずにはいられませんでした。どこかの誰かの参考になっていれば幸いです。
読んでくれた人は、新年度異動で来た同僚がめちゃめちゃ気の合う人でありますように。